ブログ風のページ・老いる 胃ろう

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 残念な報告だが、我が家の高齢者が亡くなった。高齢であればいつかは、というのはある。しかし急激な衰弱の原因には胃ろう(パイプで直接栄養を胃に入れる)があったと思う。
 この胃ろう問題についてネットでも記事が出ていた。管理が楽だからといっても、やはり安易に胃ろうにすべきではないのではないか。家族だけではなく、老人施設の中からも疑問の声が出ているという。
 我が家の場合も誤嚥性肺炎で病院に入ったら、胃ろうにするか点滴にするか何もしないかいきなり選択を迫られた。医者の発想は「どうせもうダメ」が一番先で、次に「責任が発生することはしない」だ。一度胃ろうにしてしまうと、リハビリどころか一切禁食、禁水なのだ。施設では口から食べられる様にリハビリしたいと言ってくれたが、別の病気で入院すればまた禁止。その禁止の間に口腔機能はどんどん低下。つまりは治療しているのに悪循環なのだ。食べる楽しみが無くなれば、意欲も無くなり認知症も加速する。大体、注入されるのは完全栄養のはずなのだが、だんだん痩せてきてしまうのだ。これは心の作用もあるだろう。胃ろうにする直前までは車椅子だったのが、一気に寝たきりになってしまった。食事が美味しい施設だったのに一度も食べられず、テラスから桜や花火を見物することもできなかった。
 確かに他に重病があって結局食べられないとしても、早い段階で食べる楽しみを奪うことが本当に良いことなのだろうか。それに口腔ケアはしていると言っても、喉は乾くわけだ。傍にいる者にとっても、「水、水…」と懇願されるのは耐えられない。何と言って宥めたら良いのか判らないではないか。
 それだけではない。胃ろうで注入していると満腹感は無いし、いきなり大量に入る場合もある。そういったことで、逆に吐いてしまって肺炎を起こすという本末転倒なこともあるのだという。誤嚥性肺炎だから選択したのに、これでは手術した意味が無いではないか。
 もう取り返しのつかないことになってしまった。この経験からは「胃ろう反対」に一票である。もちろん、若くて復帰の希望があるならどんどん受けて良い手術だ。しかし、便利さや拡大解釈は間違いの元だ。高齢者医療は制度の他にも考えることが多いということなのだ。
 最後に、特養のスタッフは意欲的でとてもよくしてくださった。短い間ながら大変お世話になりました。この場を借りて感謝の意を書き残しておきたい。


10年9月17日。